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メッキを剥がす

by 渋谷雄大

「メッキが剥がれる」って言葉がありますね。
偽物はいつかメッキが剥がれるということらしいですが、その言葉にはちょっと違和感があるんです。
本性を隠すためにメッキで加工して取り繕う。という意味なのですが、そもそもメッキのない人間なんていないのだと思います。
人はみな経験という皮を被って本来の自分の欠点をカバーして生きている生き物なんです。
僕は本来、人見知りで人前で話すことは大の苦手ですが、経験を積むことで皮をかぶりなんとか話せるようになってきました。でもその皮はいつ剥がれるか心配で心配で、常に準備をしっかりとするようにしているんですね。

メッキを被らないでいられる、本物の人間とはどの程度いるのか?
それって生まれつきの才能(資質)だけで生きているける人のことでしょうか?

僕がいつもかんがえているのは、一枚の薄皮(メッキ)を剥がすと本性がでてくるようなものではなく、薄い皮を何層にも重ねていくことが人の成長だと考えています。

そもそもメッキ加工やさんに失礼ですし、メッキにはメリットもたくさんあるんですよ。


例えるなら、バームクーヘン。

一枚一枚地道に薄く焼き上げていき、その積み重ねで太いバームクーヘンとなっていく。
その皮は、少し焼き過ぎた皮もあればそうでないものもある。色々な皮が重なって美味しさが出来上がっていくもの。

くるくるくるくる少しずつ厚みを増して行くバームクーヘン。

過去に悪さをしたことがある人。嘘をつく人。ズル賢い人。そんな今の人も人生の成長のたんなる薄皮一枚。

それにもうひとつ。人間をメッキを被っているかいないかで判断しているあなたは、価値観が違う人を受け入れることができにくいのかも知れません。人はそんな薄皮でできている単純なものではなく、良い面もあれば悪い面も持っている。単に自分自身と合わない人のことをネガティブに捉えるためにメッキが剥がれるという言葉を使っているに過ぎないのだと思います。

僕も美味しいバームクーヘン目指して、皮を被っていきます!

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渋谷雄大
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